学校紹介

ご挨拶

えらい人になるよりも、
よい人間になりたいな
同志社小学校 校長
横井 和彦
同志社小学校は、校歌にもうたわれているように、「よい人間」に近づくために、「良心」を日常の活動や学びから身につけて欲しいと願っています。そしてこの「良心」は、建学の精神として「良心教育」を掲げ、「自由主義」・「キリスト教主義」・「国際主義」を教育理念としている同志社大学へと連なるものなのです。
 本校の学びにおいては、開校以来、「道草教育」を続けています。それは、与えられる学びではなく、自ら答えを導き出す学び、あるいは、答えにいたる過程や思考のプロセスを大切にした深い学びという、自由なものの見方や考え方を尊重し、お互いの良い所を見つけ合う教育です。そして、自分の考えをもとに、自分らしい方法で、自分なりの目的をもって不思議や疑問に挑む基盤として「人を思いやるこころ」、すなわちキリスト教主義に基づく良い心を育成します。さらに、アーモスト大学への修学旅行をはじめ、オーストラリアや台湾の小学校との交流など、国際交流にも力を入れています。グローバル化が進んだ今日では不可欠である、お互いに違うことを認め合うことができる「真の国際人」となるよう願っているのです。
同志社小学校は、校歌にもうたわれているように、「よい人間」に近づくために、「良心」を日常の活動や学びから身につけて欲しいと願っています。そしてこの「良心」は、建学の精神として「良心教育」を掲げ、「自由主義」・「キリスト教主義」・「国際主義」を教育理念としている同志社大学へと連なるものなのです。
 本校の学びにおいては、開校以来、「道草教育」を続けています。それは、与えられる学びではなく、自ら答えを導き出す学び、あるいは、答えにいたる過程や思考のプロセスを大切にした深い学びという、自由なものの見方や考え方を尊重し、お互いの良い所を見つけ合う教育です。そして、自分の考えをもとに、自分らしい方法で、自分なりの目的をもって不思議や疑問に挑む基盤として「人を思いやるこころ」、すなわちキリスト教主義に基づく良い心を育成します。さらに、アーモスト大学への修学旅行をはじめ、オーストラリアや台湾の小学校との交流など、国際交流にも力を入れています。グローバル化が進んだ今日では不可欠である、お互いに違うことを認め合うことができる「真の国際人」となるよう願っているのです。

学校法人同志社 総長
八田 英二

2025年に150周年を迎える同志社の基点である同志社英学校は、明治8年に校素心等も校祖新島襄の自宅で、8名の生徒と2名の教師のみでスタートしました。新島のよき協力者であった宣教師ディヴィスは「あの朝開校に先立って新島が涙の中で捧げた、誠実にして懇篤なる祈りを私は終生忘れることはできない。すべての者が心から祈った」と記しています。幼稚園から大学に至るまで、すべての同志社諸学校の教育事業には新島が追求した良心教育が息づいています。同志社の掲げる教育理念である「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」をもとに、新島の夢みた初等教育を実現するために、2006年、同志社中学校・高等学校に隣接する岩倉の地にて同志社小学校は産声をあげました。
小学校教育の根幹には「良心を手腕に生かす人物の育成」という建学の精神があるのは勿論です。校歌にあるとおり、「偉い人になるよりも良い人間になりたいな」に込められた「人を思いやる心」を小学校は大切にしています。
「人ひとりは大切なり」と新島は常に語りかけました。他者への思いやりの心に充たされ、常に弱者に寄り添い、未来に向かい挑戦する心を備えた人物こそが同志社が育成を目指し、また新島がこよなく愛した同志社人です。

同志社大学 学長
植木 朝子

「えらいひとになるよりも よいにんげんになりたいな」―こう結ばれる同志社小学校の校歌には、同志社教育のエッセンスが凝縮されていると言えるでしょう。1875年の英学校創立から130余年の時を経て、2006年に開校した本小学校の教育には、良心を手腕に運用する人物の養成という建学の精神が確かに息づいています。「ひとのいたみ かなしみみつめ ほほえんで てをつなぐ」―同志社は常に弱き者へのまなざしを培ってきました。苦しみ傷ついた人間を大切にしてきたのです。大学・大学院まで続く一貫教育の中で、小学校における学びが占める役割の大きさは計り知れません。他者の痛みに共感できる自治自立の人が、まさにここから歩み始めるのですから。「よいにんげん」への小さな、しかし、確実な一歩を、教職員一同、大切に見守っています。