同志社という学園は、「良心に満ち溢れた人物の育成」を教育の目標としています。徳育の基礎としての「キリスト教主義」、自治・自立の精神を涵養するための「自由主義」、そして文化や価値観の異なる人々を受け容れ、そこから学びあう「国際主義」です。徳育の裏付けがあってこそはじめて知性が充然たる意味を持つ、との信念を持って多様な人材を育てた校祖新島の考えを引き継ぎ、同志社法人内の諸学校では、知識の獲得や技能の練磨にのみ偏ることなく、その基礎となるべき豊かな感性・特性の陶冶に重きを置いた教育活動を展開してきたのです。
同志社小学校は開校七年目の新しい学校ですが、140年近くにわたって脈々と流れ続けてきた同志社精神をしっかりと受け継ぐと同時に、幼稚園と並ぶ同志社教育の出発点として、新島のめざした「人を植ゆる」ことを大きな目標として、実践を積み重ねて参りました。
教育の目的とは「一人ひとりが、社会の中で人間らしく豊かに生きていく、その力を育む」ことにあります。先人が蓄え築き上げた知識、知恵、文化といったものを整理し体系づけたものを私たちは学問と呼び、それらを次の世代に受け渡していく営みを教育と呼んでいます。「人間らしく豊かに生きていく力を育む」ためには、「知識・技能を習得していく」ことにとどまらず、得た知識や情報を取捨選択し、人間力として活用していくような力 -学びを編集する力-の獲得が必要になってきます。さらに、人間らしくより良く生きるためには、「優しさ、情緒、温かさ、感動する心や畏敬の心」など、豊かな心や柔らかな感性といった人間としての基礎をなす部分が育っていなければ、「良心」にしたがい、学んだ事柄を全体の幸せに寄与する方向でまとめたり活かしたりすることは困難になってしまいます。初等教育の段階では、成功体験であれ失敗体験であれ、自分自身のフィルターを通して試行錯誤するような体験活動をくぐることが、豊かな心情や感性を育み、学びの編集力を培うことに繋がるのです。そういった意味から、本校では結果重視でなく、学びのプロセスをこそ大事にした教育理念を「道草教育」として掲げ、実践の柱にしています。そして、そこで育った知的好奇心をもとに、自ら問い自ら学ぶ、自由で創造的な人間として育っていくのです。
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